北京の結婚式

 2月2日(土)。北京の東側を北から南へとバスで移動していたら、結婚式の車とすれ違った。ベンツやアウディ・クラスの黒塗りの車が6、7台連なって誇らしげに走っている。車体が花や風船で飾られているのですぐに分かる。花嫁の家から披露宴会場へ、招待客を乗せての大移動だ。
「あ、結婚式だよ」
 窓の外を指差しながら娘に語りかける私に向かって、隣に座っていたおじさんが独り言のようにつぶやく。
「来年は春がないからね」

 中国では祝日に結婚式を上げる人が多い。5月や10月の連休のほか、3月3日とか5月5日とか、月と日付の数字がそろう日の人気も高い。2月2日に結婚式の車が多いのは、そのためだと思っていた。
「春がないってどういう意味ですか」

 おじさんはメガネを外し、ひざの上に乗せていたマフラーで拭き始めた。「今年の春節(旧正月)は何日だい?」
 −−2月12日です。
「立春は?」
 −−あさってだから2月4日。
「じゃあ、あさっての立春は何年?」
−−ヘビ年ですよね。
 旧暦では、ウマ年は12日からだ。

 おじさんは黙って窓の外に視線を移してしまった。
 いったい何が言いたいの、おじさん。来年は春がないなんて、意味深な問題だけ出して、答えを教えてくれないの? そう思いつつ私もおじさんの頭越しに外の景色を眺めていた。花婿と花嫁を乗せた黒塗りの車がバスの横で信号が青に変わるのを待っていた。
 ぼーっとしている私の目の前に、おじさんが何やら書き込んだメモ用紙を示した。2003年、立春2月4日。春節2月1日。
「つまり次の立春はヒツジ年なんだよ」
 おじさんはそう言って、バスを降りていった。
 ああ、そうか。今度のウマ年には立春がないんだ。でもそれと2月2日の結婚式とどういう関係があるの? 答えは永遠に謎という名の、恐ろしく深い井戸の中に落とされてしまった。

 結婚の当日、新婦宅には友人や親族が集まる。花嫁は早起きして美容院に行き、すでにヘアメークを終えてウェディングドレスを着ている。部屋には飴が山盛りになったお皿や赤い風船が置かれている。やがて新郎が友人を引き連れて新婦を迎えにやってくるが、新婦の友人が中に入れないように邪魔をするのがしきたりだ。新郎と友人は「紅包」(ホンバオ)と呼ばれる袋に入ったお金を渡して、ようやく中に入れてもらえる。

 新婦宅でビデオや写真を撮ったあとは、家の前に停められた黒塗りのベンツに乗り、風船を揺らしながら披露宴会場へと向かう。日本みたいに神社やチャペルや結婚式場での「お式」はない。いきなり宴会だ。場所は、高級レストランやホテルの中華料理店。
 招待客の服装はいろいろで、男性はポロシャツにジーンズやスラックスという人が多い。女性は、年配の人は普段着、若い人はワンピースやスーツがほとんどだ。当日「お世話様係」や司会者として活躍する人は男性でも黒のスーツを着る。
 新郎や新婦とは顔見知り程度なのに、「外国人だから」という理由で披露宴に招待されることがよくある。それほど親しくない中国人が「外国人」として私を招待する目的はただひとつ。「外国人の知り合いがいるのよ」ということをアピールしたいのだ。

 そのため、そういうときは思い切りおしゃれをしていくことにしている。娘とおそろいの洋服や、北京ではあまり見ないデザインのワンピースを着て、日本人であることを全身でアピールする。子ども用晴れ着というと過度にひらひらしたワンピースがお決まりの北京で、理奈が着るヨーロッピアン・テイストのシックなドレスは注目の的だ。
 私と娘では新郎・新婦の鼻は0.5ミリも高くならないだろうけれど、もし金髪・青い目の外国人が出席したなら彼らの鼻はもっと高々と上がるに違いない。
 全員が席につき、司会者のあいさつに続いて、新郎・新婦が入場する。それぞれの胸には「新郎」「新婦」と書かれた赤い名札が付けられている。上司や友人がスピーチしたり、親族がカラオケでノドを披露したりしながら、宴会は和やかに進む。途中で花嫁が赤いチャイナドレスにお色直しをする。ケーキカットや指輪の交換も一般的だ。

 宴会では新郎・新婦用の席は用意されていない。2人は各テーブルを回り、全員にお酒を注いだり、タバコに火をつけたりする。
 中国の披露宴に「お開き」はない。一通り食事が済むと、それぞれ勝手に席を立って帰宅する。新郎・新婦はそのたびに来客を入り口まで見送る。式場の人たちがすべて世話してくれる日本と違って、本人たちはかなり疲れるだろうと思うけれど、手作り風の暖かな宴が多い。

 北京では、結婚の平均年齢が26歳と結構高い。人口抑制策の一環として晩婚が奨励されているのだ。法律でも満25歳以上で結婚した男性と満23歳以上で結婚した女性は10日以上の有給休暇がもらえると記されている。
 結婚の手続きもかなり煩雑で、職場での結婚同意書の発行、衛生部所属機関での健康診断、民生局での結婚証明書の発行手続きなどさまざまな関門がある。この手続きを経て、「結婚証明書」を受け取らなければ、新婚旅行先のホテルで同室に泊まることを拒否されるという。

 話は戻るが、立春がない年というのには、何か特別な意味があるのだろうか。どなたかご存知の方、教えてくださいませんか。

                                 「北京の結婚式」終わり
* 2002年2月2日中国では、やはり爆発的な数の結婚式が挙げられたようです。その 理由は……。「馬年無春」にありました。
  立春のない年は19年に1度の割合で来て、今年がまさにその年に当るようです。中国では昔から、立春のないは「寡婦年」と呼ばれ、この年に結婚すると、夫が先に他界してしまうという言い伝えがあったとのこと。そのため結婚式ラッシュだったんですね。納得。
 (出展:「葉千栄の網虫的世界探索記」
    http://www.cybercrea.com/culture/yose_020207_01.htm  )
 この情報は、金行秀さまが提供してくださいました。ありがとうございます。

 長崎にお住まいの「小銅壷」さまからも同じように「立春がない年に結婚したら、寡婦になると云う迷信があるから」というメールをいただきました。「こういう普通の迷信話は、よく年長のおばちゃんたちが、喋ったり、信じ込んだりしているそうです」
 天津出身の中国語の先生のお話だそうです。こういう先生に習うとほんとうに勉強になりますよね。ありがとうございました。

 また奈良にお住まいのKWRさまは、掲示板に
「年のうちに 春は来にけりひととせを 去年(こぞ)とやいわん 今年とや言わん
                                         (在原元方)」
 という和歌を書き込んでくださいました。「まだ年が明けないうちに立春になってしまったが、昨日までのことを去年と言ったらいいのだろうか。それともやはり今年と言うべきなのだろうか」という意味です。
 1000年以上前に作られた『古今和歌集』の句の内容が実感できました。ありがとうございます。

2002年2月26日 
    裕理    

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